「フレイルという言葉を聞いたことがありますか?」と聞くと、ほとんどの方が「聞いたことない」「知らない」と解答されます。「聞いたことがある」という人でも意味するところを把握している方はほんの一握りです。高齢者にとって新しいカタカナ言葉はなかなか耳に残らないのかもしれませんが、そういった方々の多くにフレイル・サルコペニア・低栄養の状態の方が多いです。
フレイルという概念は「こわれやすさ」や「か弱さ」を表す英語の”Frailty”より来ています。「壊れやすい高齢者」「か弱い高齢者」には相応の手立てをしないとこわれてしまいます。
フレイルとは「今はまだ大丈夫ですが些細なことに対して見合わないほどの大きな健康状態が悪化する危険性がある状態」です。
現時点では「病気」ではないですが「病気にならない」、「QOLを悪化させない」という予防のために必要な考え方です。
似たような言葉でロコモティブシンドローム、サルコペニアという言葉もありますが、ロコモティブシンドロームは運動器の障害が出ている状態(関節の痛み、ゆがみetc)でサルコペニアは特に筋肉量の低下による運動器の障害が出ている状態です。
また、フレイルは身体的フレイルとは別で社会的フレイル、精神的フレイルという言葉も生まれています。どれも不安定でいまにも大きな病気やケガ、生活ができなくなりそうな状態を示しています。ここでは特にサルコペニアに焦点を当てて書いてみたいと思います。
サルコペニアの評価・診断
体重減少
ここ6カ月で2~3kg以上の(意図しない)体重減少がある。
筋力
基本的には最大握力で計測し、男性26kg未満、女性18kg未満の時に筋力低下と判断します。
また、椅子立ち上がりテストを行うこともあります。「椅子へ座る、立つ」を5回繰り返すのに15秒以上かかるときは筋力低下を疑います。椅子立ち上がりテストなどはご自宅でも可能だと思いますので是非、やってみてください。
身体機能
身体機能の測定は歩行速度で評価します。男女ともに0.8m/秒以下の場合に身体機能低下と判断します。一般的に横断歩道の青信号が1m1秒で設定されていますので横断歩道を青信号で渡り切れない程度の速度となります。
骨格筋量
TANITAなどから販売されている体組成計で測定しますが、「指輪っかテスト」という簡易的に状態を知る方法もあります。
「両手の親指と人差し指で「指輪っか」を作る」
「利き足でない方のふくらはぎのもっとも太い部分を「指輪っか」で囲む」
囲めない、ちょうど囲める、隙間ができるのどれかで評価します。
「ちょうど囲める」でリスク有り、「隙間ができる」で今後の悪化リスク高い と評価します。
サルコペニアの原因
サルコペニアの原因には複数の要因が考えられます。
大枠として①栄養状態の変化、②活動量の低下、③ホルモンの変化 があげられます。それらの要因が慢性炎症、ミトコンドリア異常、神経筋接合部異常、筋再生能力低下 等の組織・細胞レベルの変化を引き起こし、サルコペニアが誘導されます。
ただただ、「運動不足だから」とか、「不摂生な生活をしているから」という事が理由で起きるわけではありません。もちろん運動不足や不摂生は一つの要因にもなりますが運動不足・不摂生でも元気な人はいますし、生活に気を付けていてもサルコペニアの状態になってしまう人がいます。
加齢に伴う慢性炎症とサルコペニア
低レベルで持続する炎症の事を慢性炎症と呼びます。加齢により①蓄積する異物や感染などによる免疫の亢進、②内臓脂肪の増加、③酸化ストレスの増加などによって炎症性サイトカインが産生されます。炎症性サイトカインは筋委縮関連遺伝子の発現を増加させ、筋たんぱく質の分解が亢進することが分かっています。
ミトコンドリア活性とサルコペニア
加齢や糖尿病では骨格筋のミトコンドリア機能低下が見られます。ミトコンドリア異常を持っているマウスは寿命が短く、体重減少、筋量減少を呈すること、そして栄養不足や炎症でミトコンドリア量の低下の加速が知られています。ミトコンドリアを多く含む臓器として、骨格筋、心臓、肝臓があげられます。
食事の問題
フレイル・サルコペニアを考えるときには食事や栄養の問題がどうしても付きまといます。食欲不振などが思い浮かぶと思いますが実は高齢者の低栄養には以下のパターンがあります。
①食物が入手できない
経済的困難で十分な食事が購入できない、孤立、交通手段の利用障害などの要因で「食べたいのに食べられない」人もよく見られます。また、認知症の問題で「買い物ができない」というパターンもここに当てはまります。
②食べたい気持ちにならない(食欲不振)
認知機能や抑うつで食欲を感じない。退職、近親者、ペットの死亡による喪失感による食欲不振etc.。
③適切に食べられない(摂食嚥下機能障害)
食事の際に口に入れたのに適切な咀嚼や嚥下が出来ない。誤嚥などで消耗するために痩せていく。
④食べたものを活用できない(消化排泄障害)
胃の切除や慢性膵炎による消化吸収機能障害、ネフローゼ症候群による排泄増加によって食べたものが血肉にならない。
⑤食べた以上に消費される(代謝亢進)
甲状腺疾患や糖尿病、悪液質等で食べても食べても痩せていく病態。
⑥基礎疾患を改善するための薬の影響(抗うつ薬、糖尿病薬、パーキンソン病治療薬、抗認知症薬etc)
サルコペニアの原因となる薬物
サルコペニアの原因となる代表的な薬物として、ベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬、抗コリン系薬物があります。ベンゾジアゼピンには中枢神経抑制作用による食欲低下と筋弛緩作用があります。神経伝達物質のアセチルコリンの働きは副交感神経を通して胃腸消化器系の内臓を働かせます。抗コリン薬はアセチルコリンの働きを阻害しますので栄養の消化吸収に対して抑制的に働いてしまいます。
病院処方の医薬品だけでなくドラッグストアで購入できる花粉症の薬や酔い止めの薬、便秘薬等多数あります。
(ご興味にある方は日本老年医学会ホームページ
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20170808_01.pdf
に掲載されているのでご覧ください)
運動の問題 2足歩行の意義
「人は足から老いる」という言葉がありますが足腰の機能低下、特に「歩行速度の低下は、余命と関連する」という研究結果も報告されています。同じ年齢であれば、歩く速さが早い人の方が余命は長く、それは0.1秒/mの違いで異なってきます。また、歩行速度の低下が認知機能の低下や認知症の発症と関連するという報告もあり、「直立二足歩行」の意義、「人は足から老いる」という言葉は近年の科学的調査で裏付けられています。
当店でのフレイル・サルコペニア対策
フレイル・サルコペニアは上記の通り様々な要因で陥ってしまう状態です。加齢による筋肉量減少が原因とされる(一次性サルコペニア)の場合には食事指導と運動指導を中心に、加齢以外が原因となる(二次性サルコペニア)場合は原因となる病気や状態を改善することから取り組みます。
食事のポイント
食事によるタンパク質摂取が筋肉の維持にはとても重要です。アミノ酸の中でも分岐鎖アミノ酸、ロイシンには強いタンパク質同化刺激作用があります。一方、高齢者には骨格筋のタンパク質同化作用に抵抗性があることが多く、高濃度のアミノ酸に加えてミネラルやビタミンの類を補強します。
運動のポイント
加齢に伴い減少しやすい筋肉の部位というのがあり、首(僧帽筋)、背中(広背筋)、腹(腹筋)、尻(大殿筋)、太もも(大腰筋、大腿四頭筋)が減少しやすいことが分かっています。椅子やペットボトル、タオルなどを使用してできる筋力トレーニング等があります。
最大のフレイル予防
それは入院しないことです。もちろん医学的に入院が必要な場合はしなければいけませんが、1日でも早く退院し、身体を動かすことがフレイルの予防になります。そのためには免疫力を維持し病気をしないことです。
肺炎などで入院すると、ほとんどの場合サルコペニアは進んでしまいます。肺炎だと体内で炎症が起こっていて、強い炎症があるときは、自分の筋肉を分解してエネルギーをつくるからです。
感染症などにかからない、かかった時には速やかに治療をすることが重要です。
フレイル・サルコペニアが気になる方へ
70歳代や80歳代では同じ年齢・同じ疾患を持っていたとしても、フレイルからほど遠く元気な方もいれば要介護の人まで幅広い差があると思います。元気な方は仕事を積極的にやっていたり町内会で活躍していたり、趣味を楽しんでいたり、社会とつながっていることが多いです。
一方、家からほとんど出ず全然動かない、このまま認知症になっていくのではと思われる方は確実にフレイルに近づいています。身近に歩ける場所や気軽に参加できる会があることは数年後、フレイルになっているかどうかに影響すると思います。
フレイル・サルコペニアは病気ではないので病気の治療を目的とする病院ではなかなか指導が難しく、「フレイルに効く薬」等もありませんので当店のような相談薬局が力になれると思っています。
新型コロナウイルスの影響で外出の機会が大きく減ってしまった方、当店は牧野駅から徒歩3~5分くらいの場所にあります。歩いて当店まで来てみるところから始めてみませんか?